遠井:週報(2025/12/22~2025/12/28)
年末だ。年内最後の週報となる。
この週報は2024年の秋ごろから書き始めたので、2024年末はあまり「最後だ」という感じがなかった。2025年は1年間しっかりと(3月に少し休んだけれど)書いたので、「最後だ」という感じがある。2025年最後の週報、何を書くか悩んでしまうな。
◯
書いた小説の話。
2025年は、12月28日時点で40万5600字ほど書いた。
2024年が31万字、2023年が30万字、2022年が35万字、だったので例年よりぐんと文字数が増えた。
11月からがつんと増えたので、来年はもっと増えるはずだ。増えるかな。増やせるといいな。11月と12月に10万字ほど書いたので、もしこれが2026年の平均になるなら……年間120万字……? これはさすがに皮算用だが、1年で100万字書けたら世界が変わるなあ。心身ともに壊さぬよう、気をつけつつ頑張るぞ。
◯
今年、どんな年だっただろう。色んなことをした。本を読んだり漫画を読んだり映画を観たり、展示を観に行ったり、舞台やライブに行ったり、あとは旅行も金沢と小樽に行ったり……。帰省も3-4回ほど。
いろいろ、……試行錯誤の年だった、と言えるかもしれない。あれこれ試して、トライアンドエラー、失敗して成功して……失敗して、成功して、という感じ、だ。
◯
来年はさらにアウトプットを増やしたい。ここ数年たくさんインプットをしたので、今度はアウトプットをしたいな、と思っている。というわけで、遠井の次回作にご期待ください。
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それでは、よいお年を。
また来週。
遠井:週報(2025/12/15~2025/12/21)
遠井:週報(2025/12/08~2025/12/14)
小説って……楽しい!
というわけで、小説を書いている。先週は、1週間で4万3000字ほど書いていた。今週は2万字程度。程度、というけれど、10月までは1ヶ月で2万字ほどだったのだ。感覚がおかしくなっている。
先週は完全に、ゾーンに入っていた。仕事の合間の昼休みすら執筆に当てていたし……。楽しいが、あまり健康的ではない。
そして右の手首が……痛……いや、痛みではないのだが……痛みになりそうな……ものが……ある。腱鞘炎になりかけている。慌ててリストバンドを装着した。
原因は火を見るより明らかだ。うーん、年末年始の帰省のときにはBluetoothキーボードやiPadを持っていかないほうがいい、と友人に言われ、不承不承うなずいた。1週間しっかり休んで、また……手首を酷使しようと思う。いや、いたわりながらやっていきます。健康的な生活。
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この小説ブームも1ヶ月続いているようだ。2025/11/13からの1ヶ月で、19万1000字ほど書いたらしい。なにが起きてるのか、自分でも全然わからない。いちおう……フルタイムで就労し、せわしなくプログラムを作ったり仕様書やスケジュールを作ったり、していて……、そういうことを仕事でしているのに趣味でも手首を酷使しているから……、それはもう、手首は……終わりだ。リストバンドも手放せないはずである。本当に……気をつけます。
◯
小説を書いた、以外の記憶があまりない。なんか、いろいろ……考えたこととか、思ったこと、見たものとか、あるのだが、……あるのだが……?
これまで「書きたいものはあるけど筆が追いつかないな~、月産の文字数がもっと増えるといいな~」と思っていたのだが、この、筆が10倍速になったことにより、さらに追いつかなくなった。書けば書くほどアイディアが湧いてきて、書きたいものが少しも減らない。嬉しい悲鳴だが……、悲鳴だ。
ぽこん、と浮かんだものを書く。書く、書く、書く。その間に別のアイディアが浮かぶ。メモ帳に書き留める。次々に浮かんで、止まらない。書きたい設定、書きたいキャラクター、構造、属性、そういうものが次々にあふれ出てくる。ひとつの話の、キャラクターたちの、物語を書き終えても、そのキャラクターたちの日常や番外編めいたものが浮かんできて、止まらない。それとは別の物語のアイディアが湧いてくるものだから、そっちをだかだかとキーボードに打って……、という、なんか、そんな感じ。
日曜日、一日中ずっと小説を書いた。ものすごかった。こんなに楽しくていいのだろうか、とすら思う。夢なのではないか、と疑いたくなるほど、小説が楽しい。
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仕事がすごいことになっている。スケジュール表を作ったが、なんか……ナンプレみたいになっている。体調を崩したら破綻するスケジュールだ。一応バッファはあるが……まあ、寒くなったと思ったらまた暑くなるようだし、気をつけていきましょう。
遠井:週報(2025/12/01~2025/12/07)
引き続き、小説を書いている。
ブームなのだ。小説を書いても書いても、書きたいものが浮かんでくる。
早めに起きて小説を書き、仕事をし、昼休みに小説を書き、仕事をし、軽く夕食を食べて小説を書く。
22時をデッドラインとしている。
平日は、ここで作業を打ち止め。残りは翌日に回す。酷使した身体を風呂でいたわり、フィットボクシングのストレッチを(時間がまだあれば、1曲だけエクササイズも)して、読書をして就寝。
合間にDuolingoを構う。
そうそう、Duolingoの年間レポートが届き、2025年の英語コース受講者のうち、上位1%に入った、とのことだった。めちゃくちゃDuolingoをやっている、ということだ。
こういうレポートで自分のがんばりみたいなものを実感できると、嬉しい。
ちょっと今は小説がアツすぎてなかなか構えてないが、熱が落ち着いたら、もう少し勉強したい。
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最寄り駅が同じ人と話していて、「資格試験の勉強がはかどらない」という話題になった。
その人は、近く試験を控えているが、仕事の後に自宅で勉強しようとしても中々できない、ということだった。
一人暮らしの自宅には、誘惑と責務が多すぎる。
ゲームやマンガ、ベッドなどの誘惑を振り切るだけでエネルギーを使う。
それから「洗濯しなきゃ」「掃除しなきゃ」「ごはん作らなきゃ」などの責務が、際限なく存在する。
「カフェに行くといいですよ」
と提案した。誘惑と責務を振り切った状態に身を浸すと、勉強せざるを得なくなりますよ、と。
それから、最寄り駅のカフェ情報を提供した。
あのカフェは狭くて混んでいるからやめたほうがいい、あそこは席数が少ないから入れないことが多い、向こうは昼どきは混んでいる……、それから、一番はコワーキングスペースがいい、と教えた。
この駅には、コワーキングスペースがある。勉強や仕事をする人のためのスペースだ。
そのままコワーキングスペースに行き、見学をした。閉店間際だったので、中の雰囲気などを見ただけで帰った。
「週末、絶対に来ます。ありがとうございます」
勉強がはかどらない、と落ち込んでいたその人にやる気が満ちていたので、よいことをしたな、と思った。
その人がきちんと勉強に打ち込めて、試験に受かることを、片隅で祈っている。
◯
そうそう、前段の人には、わたしが小説を書いていることを教えていないので、途中、
「なぜこの人は、こんなに『勉強できるカフェ情報』に詳しいんだ……?」
と訝られている気配があった。
気づかないフリでやりすごした。
まあ、個人開発をするときに使ってる、ということにしようかな。うん。
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大きな公園へ行った。散歩が気持ちいい。
犬の散歩をする人々や、幼い子ども連れの人々などを見て、にこにこ笑いながら散歩をする。
グラウンドで野球をしているのを見て、懐かしい気持ちになる。
わたしも野球がしたいな。バッティングセンターとかでなく、チーム対チームの、野球を……。
スポーツ、たいてい好きだ。持久走は嫌い。短距離走は好き。球技は特に好き。
バスケットボールで遊ぶ中学生たちのボールがはずんでこちらに来たので、取ってやり、バウンドさせて渡した。
うーん、バスケットボールもやりたいなあ。
スキーも、ここ十年ぐらいずっと「やりたい」と思っている。
温泉に行って卓球する、とかもいいかも。
そうそう、3月に伊香保温泉に行く予定だ。楽しみ。
◯
小説をめちゃくちゃ書き、ひとに読んでいただく機会があり、めちゃくちゃ嬉しいフィードバックをもらい、めちゃくちゃやる気に満ちている。
書きたいものを書けるようになって、水を得た魚のような状態だ。
これまで感じていた『楽しさ』は、氷山の一角だったのだな、とも思った。
小説、という広大な存在がわたしに見せていたのは、ほんの少し、小さな側面にすぎなかった。
小説は、もっともっと大きくて、多面的で、魅力的なのだ。
その可能性に気づくことができて、本当によかった。
小説が好きだ。
遠井:週報(2025/11/24~2025/11/30)
小説が……すごい!
『小説を書く』という行為が楽しすぎて、ずっと小説を書いている。
火曜日、仕事を9時間半した後に、小説を6時間半書き、寝たのが朝4時とかだった。朝8時半には起きて仕事をして、また仕事の後に4時間半小説を書いて……という感じで、睡眠時間をゴリゴリ削ってしまった。というわけで、木曜日・金曜日はめまいがすさまじく、駅前まで歩くだけで『死』を感じた。ボワボワと耳元で音がして、意識が断続的に消えるのだ。明らかに睡眠不足由来の……自律神経の乱れとか、身体的疲労とか、そういうやつだ。
金曜日・土曜日にしっかりと寝たところ、日曜日にはめまいも消えた。睡眠を削ってはいけない。
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小説が、楽しい。
急に小説の書き方を理解した、感じだ。
小説というものは、からだに似ている、と私は思う。
話・構造・ストーリーというのは骨格だ。
ひとつひとつの文章や描写などは、肉や内臓。
どちらが欠けても小説という『からだ』は成り立たない。どちらかだけでも、『からだ』に見せることはできる。
わたしはこの、肉や内臓の部分をつくるのが得意だ。
けれどわたしが考える話の構造はあまりに頼りなく、わたしの組み合わせた肉と内臓は、ぐにゃりと力なくゆがんで、自立することができない。
それでも、とわたしは肉をつなぎ、内臓を入れて、『からだ』をつくろうとしてきた。骨のつくりかたを勉強していき、骨格とは骨と骨の組み合わせなのだと理解する。骨、だけならば、わたしの手の中にもあった。けれどそれらを組み合わせても、うまくかたちを作れない。たまにうまく行っても単なる偶然で、再現性がない。
才能がないのだ、と思った。
わたしには『からだ』をつくる才能が――骨を組み合わせる才能がないのだ、と。
小説のことが好きだった。
もうやめようと、諦めようと、才能がないのだと、思っても、頭の中には物語が浮かんでくる。それを吐き出さないと苦しくて、どうしたって小説を書いてしまう。夜空の月を見上げてすら言葉で表現しようとする人間が、もう、小説を書かずに人生を終えられるはずがない。
小説のことばかりを考えている。
ある日電車に揺られながら、ふと、次に書きたい小説のことを考えた。それは短くて小さな小説だった。凝った構造も、流麗な文章もいらない。それは、――まだ、この世のどこにもなくて、わたしの頭の中にしかない、特別な小説だった。
小さなそれを書き終えてみると、なんだか、自分にも『からだ』がつくれる気がした。大きな『からだ』をつくれる、という予感があった。自分の持っている骨を並べてみると、『からだ』の形になっていた。どきどきしながら肉をつけ、内臓を入れていく。それは立派に『からだ』のていをなしていた。
きちんと自立できる『からだ』が、そこにはあった。わたしは小説を書けるようになっていた。いつのまにか、とか、自然に、とかじゃない。何冊も――何千冊も小説を読んで、まんがを読んで、映画や舞台を観て――、小説の書き方を、物語のつくりかたを、勉強、して。それでも才能がないと泣きながら文字を打って、打って、打ち続けて。
わたしはようやく、理解することができた。
小説はわたしを待っていた。わたしに書かれることを――えがかれることを、待っていた。わたしのそばで、わたしの頭のなかで、わたしから羽ばたいていくことを、ずっと、ずっとずっと、待っていたのだ。文字を書く。描写する。えがいた文章に構造を与えれば、それはひときわ引き立って――、小説となって、旅立っていく。
わたしが書いた小説は、まだ『からだ』を持っただけにすぎない。ここに顔をつけていのちを吹き込むには、読んでくれるひとが必要だ。
小説は、書いただけでは成立しない。読んだひとの心に届いてはじめて、わたしが小説を書いた意味が生まれる。
わたしはこれからも小説を書き続ける。
いつか届く、あなたのために。
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抽象的で概念的な話になってしまった。
今回の『楽しさ』による結果を具体的に明示すると、これまで毎月1~2万字程度の執筆量だったのが、今月は13万字ほどになった。完全に、なんというか、ズル、すりぬけバグ、みたいな状態である。
というわけで、睡眠時間はきちんと確保しつつ、これからも小説を書いていきたい。いや、書いていく。ので、睡眠・食事・フィットボクシング。散歩もしよう。あと生活もしっかりと。仕事も大きなタスクを任されているので、気合いを入れつつ、やっていきましょう。
遠井:週報(2025/11/17~2025/11/23)
私はきみを好きです。私は一生涯、きみのことが好きでした。だからこの恋は永遠なんです。すごいでしょう。きみには真似できないはずだから、この恋は私の勝ちです。きみは負け犬として、私を永遠には愛さない人生を送ってください。ほかの誰かを愛してください。